Tomoko's Story of T's creation





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子供の時から興味があるのは美容・おまじない・占いでした。
医療ミスによる運動機能障害を持ちながらも、小学生の時に通っていた
自宅の真向かいの美容室でカットしてもらって心が高揚したのを機に
「私、魔法使い(=美容師)になる!」と美容師になることだけを目指しました。

回復するために、母に勧められた気功を嫌々始めたのが10歳の頃。
当時は、気功など信じていなかったので、本当に嫌々でした。

リハビリと併用して続けた気功のおかげで奇跡的に回復し、同時に「謎の力」が目覚め、
目の前の人の心理状態やエネルギー、本質的な才能や活かし方がわかるようになり、
人によく相談されたり、アドバイスを求められ始めます。

その頃には、かなり本気で魔法使いを目指しており、当時流行っていた
おまじない雑誌を読んでは、魔法陣などを独自に研究して、友達に教えてあげたりしながら、
いつかは魔法と美容を統合して最強の魔法使いになりたい
というぼんやりとした夢を描いていました。




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念願かなって美容師になったものの、腕の筋肉を移植させるための手術をするために
一旦美容師の仕事から離れることになりました。
休職中にLAに行った際に「パーソナルカラー」という仕事を知ったことから、
カラーセラピー、パーソナルカラーの勉強を始め、復帰後にカラーリング専門美容師
になるつもりでいました。

復帰した時には、筋肉が落ちてしまい、即戦力とは言えない状態に。
思った以上に体の回復が遅かったため、真剣に30代・40代になった自分の身体と
キャリアのことを考え、1年間悩みぬいた結果「これ以上、身体が持たない」と判断し、退社。

目指していたものがなくなり、しばらくは何をしても楽しくなくなりました。
いつの間にか「美容師免許を取ること」が目的になってしまい、本来の目的から離れていたのです。

その後、気を取り直して、当時は珍しかった皮膚科併設のエステに入社。
得意だった皮膚科学・化粧品科学の知識を活かし、エステティシャンになり、今までよりも
はるかに良い待遇でしたが「これは私の道じゃない」と1年ほどで見切りを付け、
パーソナルカラーの講師を目指しました。

そして、講師になるための学校に通うために退社。

またも、当時珍しかった自然派化粧品の会社に入社しました。
「丁寧なカウンセリング」「お客様1人1人との心の距離が近い」というスタイルが
自分に合っており、楽しく成果も上げ、会社からの評価も上々でしたが、
忙しい店舗への移動を機に、今まで出来た事のなかったニキビ・赤ら顔がひどくなり始めました。

肌が荒れることで販売員としての自信もなくなり、商品を売ることが怖くなり始めました。

それを機に、自社商品は使わずに、アロマセラピー、
エネルギーワーク、心理学などを学び始め、内側と外側からケアを始めました。

すると、みるみるうちに回復し、自己肯定感が高まり、心の奥底でずっと欲していた
そのままの自分で良いという感覚が湧き上がってきました

初めて「自覚のない努力家」から解放されてホッとしました。

何よりも美容業界に入ってから常にあった「一番にならなきゃ」という焦燥感がなくなり、
生まれて初めて自然体』という言葉がインプットされました(笑)


そして、念願叶ってパーソナルカラーの講師になり、出張エステ・講師・美容部員と3足の
わらじを履きながらの生活が始まりました。

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